この記事に書いてあること
- 日本企業は1980年代以降、国内の高い人件費を回避するため、海外に生産拠点を移転してきた
- 2000年代には新興国市場に生産拠点を移転する動きが加速したが、近年では新興国の技術水準向上により、日本企業の技術が低コストで転用され、売上シェアを奪われるリスクが増している
- 秘密漏えい防止には、不正競争防止法、契約、知的財産権、オープン・クローズ戦略の4つの対策があり、それぞれに長所と短所がある
- 特に、日本法と中国法での営業秘密の要件の違いを理解し、適切な秘密管理を行うことが重要。
目次
はじめに
国際通貨基金(IMF)の試算によれば、1980年に約9,670 USD程度であった日本の1人あたりGDPは、2000年には約39,170USD程度となっています。
このように、日本人の米ドル換算の名目での所得水準は2000年までのわずか20年の間に4倍以上に増大しました。このような傾向を反映して、日本企業は、1980年代以降、経済成長や円高に伴う人件費の上昇をきっかけに、主として国内の労働集約型製造拠点を、人件費の安い海外に移転してきました。
このような活動を通じて、日本企業は、自社製品の海外企業製品に対する価格競争力を維持してきました。
さらに、2000年代に入ると、経済のグローバル化が進行し、中国やASEAN諸国をはじめとした新興国経済が著しい成長を見せるようになりました。このような状況の中で、輸送コストを削減し、新興国市場における売上シェアを拡大させることを目的として、新興国市場の域内への生産拠点の移転が加速することとなりました。
その後、2000年以降、日本経済の成長は鈍化し、日本人の1人当たりGDPも伸び悩みが続いています。しかしながら、そのような状況においても、日本企業は、依然として海外の生産拠点を維持しています。また、国内の製造拠点においても、より人件費の安い、外国人材の採用も進んでいます。

このように、日本企業は、自国経済の発展に伴い、必然的に生産拠点を海外に移転せざるを得ない状況に置かれてきました。しかし、近年、中国を始めとした新興国各国の技術水準は向上を続けています。
このような状況下で、日本企業独自の技術が、低コストで外国企業に転用される事例が発生しています。その結果として、外国企業が日本企業の市場における売上シェアを奪ってしまうこともあります。
とりわけ、日本企業の製品は高品質であることが強みでした。しかしながら、このような高品質な製品を製造するために有用な金型、製造機械等の製造設備や、品質管理基準に関する秘密情報が外国企業に漏えいしてしまう場合、その外国企業に一定程度の技術力さえあれば、日本企業製品と同等程度の高品質製品を、先行投資費用をかけずに低コストで製造できてしまいます。
こういった事例で問題となる秘密漏えいは、例えば、現地労働者を含めた労働者による技術上の秘密の窃取・不正開示や、OEM企業等の取引先企業に開示した技術上の秘密の不正利用に端を発していることが多いと言われています。
とりわけ、外国人及び外国企業は、日本人及び日本企業と比較して異なる商習慣を有しています。このため、製造拠点を海外に移転することにより、秘密漏えいのリスクがより顕在化しやすくなります。
製造拠点の海外移転に伴う秘密漏えいの防止のためには、主として、以下の4つの対策が考えられます。(1)不正競争防止法等の特別法による保護、(2) 契約による保護、(3) 知的財産権による保護、(4) オープン・クローズ戦略による保護等。
このレポートでは、秘密漏えいに対するこれら四つの対策の長所・短所を概観していきます。そして、特に、日本法と中国法での営業秘密の要件の差異について補足的に説明していきます。このような説明を通じて、秘密漏えい防止への取り組みのあるべき姿を模索することとします。
秘密漏えい防止のための対策
秘密漏えい防止のための対策をどのように実施すべきか、を概念的に示した概念図を以下に表示します。
広く知られているように、秘密漏えい防止のための対策は、不正競争防止法による保護のみではなく、契約による保護、知的財産権による保護、オープン・クローズ戦略による保護を組み合わせて行う必要があります。そしてこれらのうち、どれか一つの対策のみでは十分な効果が発揮されない、と可能性があります。

特別法による保護
一般論として、技術上の情報を含む各種情報は、元来、人類共通の資産ともいうべきものです。このため、これらの情報は、一部の者による独占になじまない特性を有するものです。
しかしながら、相応の費用を投じることにより得られた一定の秘密情報については、所定の要件の下、営業秘密として一部の者による独占が認められることとなっています。
日本国不正競争防止法の場合、営業秘密は、「秘密として管理されている、生産方法、販売方法その他の営業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」と定義されています(不正競争防止法第2条第6項)。
このように、いわゆる、「秘密管理性」、「有用性」、「非公知性」の3要件を満たすことを条件に、一定の法的保護が認められることとなっています。
| 営業秘密の要件 | 具体的な要件 |
|---|---|
| 有用性 | 企業の営業活動にとって有用・有益な情報。不正についての情報は除かれるが、実験の失敗データ等は含まれる。 |
| 非公知性 | 一般に知られていないこと。少なくとも国内で秘密状態にあること。特許法上の新規性とは異なる。 |
| 秘密管理性 | 外観上、秘密管理がなされていること。秘密管理の例としては、アクセス制限、書類棚の施錠、秘密管理区域の設定、マル秘表示等。 |
日本国不正競争防止法が規定するこれらの3要件の詳細な説明については、この項目では説明を省略します。しかし、以下の表に示すように、例えば、不正に関する情報、リバースエンジニアリングにより得られた情報、ある程度公知になった情報、例えば、守秘義務を負わない複数の者が既に知得しているような情報等については、日本国不正競争防止法による保護は受けられないようです。
後述するように、秘密管理性の要件を満たす水準の厳格さからしても、日本国不正競争防止法により保護される営業秘密の範囲は、比較的狭いと推測されます。
なお、中国においては、日本国不正競争防止法に対応する中国反不正当競争法が施行されています。中国反不正当競争法では、営業秘密を、「公衆に知られていない、商業的価値を有しかつ権利者が関連の秘密保守措置を取った技術情報及び経営情報等の商業情報」と定義しています(反不正当競争法、第9条)。
これは、営業秘密が、「価値性」、「非公知性」、「秘密保持性」の3要件を満たすことを条件とすることを意味します。
しかしながら、後述するように、日本国不正競争防止法における「秘密管理性」は、判例実務において、「営業秘密が外観上、秘密として管理されていることが認識できる」ことが要件となっています。これに対して、中国反不正当競争法における「秘密保持性」は、「合理的な内容の秘密管理がなされている」ことが要件となっています。
特に、秘密管理性/秘密保持性におけるこのような要件の違いにより、中国では、特別法による秘密情報の保護を受けることが、日本と比較して難しい傾向にあると指摘されています。
日本国不正競争防止法の場合、第2条第1項第4号から第10号に定められる所定の不正競争に対して、差止(第3条)、及び損害賠償(第4条)を請求できます。また、国外犯処罰も含め、刑事的措置を求めることも可能となっています。
このうち、妨害排除・予防請求たる差止請求については、一般に過失の存在を要件としていません。
差止請求については、営業秘密を不正に取得した者、そのような不正取得者から開示された者等、幅広い対象に対して請求することが可能となっています。例えば、営業秘密の取得時に不正行為の介在について善意・無重過失であった者に対しても、事後的に通知等を行うことにより差止請求権を行使できる、比較的強力な請求権となっています。
一方、対象となる営業秘密については、事実審の口頭弁論終結時に上述の営業秘密の3要件を現に充足していることが、差止請求権を行使する上で必要です。このため、例えば、提訴された後に被告が営業秘密を公開してしまったような場合には、差止請求自体は請求が棄却されることとなりえます。
ただし、このような場合においても、行為時に営業秘密の要件が充足される限り、不正競争に対する損害賠償請求を行い、刑事処分を求めることは、当然に妨げられないようです。
損害賠償請求について定める日本国不正競争防止法第4条は、不法行為による損害賠償について定める民法709条の特則とされています。このため、日本国不正競争防止法自体には、損害賠償請求権の消滅時効に関する規定はありません。
このため、民法第724条に規定される(損害及び加害者を知ったときから)3年間の短期消滅時効が適用されるようです。一方、後述する契約上の損害賠償債権の場合、民法の一般原則にしたがい、債権を行使できるようになったときから10年(平成29年民法改正により債権を行使できることを知ってから5年の要件も追加)となります(民法第167条第1項)。
日本国不正競争防止法上の損害賠償請求権の行使については、被害を把握したときから比較的短期間のうちに対処する必要があるので、営業秘密侵害行為については、比較的迅速な対処が求められるようです。
なお、中国反不正当競争法における損害賠償請求権については、日本と同様、(損害及び加害者を知ったときから)3年間であるようです(中国民法総則)。
契約による保護
日本企業においても、秘密情報の保護については、上述の特別法による保護に加えて、契約による保護の対策を行っている企業が多いようです。
上述のとおり、特別法による秘密情報の保護の場合、保護される秘密情報の範囲については、法律による所定の要件の充足が必要とされています。このため、企業が、主観的に秘密情報であると認識したとしても、営業秘密としては保護されない事態となることも多いようです。
契約による秘密情報の保護については、秘密保持契約や、労働契約、業務委託契約、共同研究・開発契約等の秘密保持条項(以下、まとめて「秘密保持契約等」とする)によりカバーされることが多いようです。しかし、契約による秘密情報の保護の場合、契約自由の原則により、基本的に契約当事者が保護の対象となる秘密情報の定義や、秘密取得を禁止するための手段を比較的自由に規定することができる、という利点を持ちます。
具体的には、秘密保持契約等の中にリバースエンジニアリングを禁止する条項を設けること等が典型的な例として挙げられます。しかしながら、そのような場合であっても、一般公衆に広く利用可能な情報や、大した努力を要せず入手できる情報、秘密情報の開示を受ける側が契約当初から保持していた情報等は、衡平の観点等から、秘密保持契約等により保護される情報の対象外とすることを規定する条項を設けることも多いようです。
少なくとも一部の分野では、リバースエンジニアリングの禁止条項も含め、力関係を利用してライセンシーに過度の負担を強いることは、独占禁止法に違反することになると指摘されてもいます。このため、秘密情報の定義にあたっては、細心の注意を払う必要があります。
契約による秘密情報の保護における、第一の問題点は、まず、秘密保持契約等が契約当事者を拘束し、契約外の第三者を拘束できないことにあります。これは、契約法の枠組みの中では当然のことでありますが、一旦、契約の反対当事者が秘密情報を第三者に開示してしまった場合、その第三者が秘密情報を利用し、他者に開示することを直接的に差止めること等はできないという点です。
もちろん、そのような場合においても、理論上は、反対当事者に対する損害賠償請求は可能です。このように第三者に対する差し止めができないことは、特別法による保護の場合や、後述する知的財産権による保護の場合とは明確に異なっている部分です。
さらに、契約の反対当事者が外国に所在する外国企業である場合、準拠法や国際裁判管轄の観点から問題が生じることも多いようです。具体的には、例えば、秘密保持契約等の違反に対して、契約中の管轄合意にしたがって契約の反対当事者である中国企業を訴える場合、中国は、日本の裁判所の判決を承認・執行していない、という問題があります。
このため、日本の裁判所で勝訴判決が得られたとしても、相手方中国企業が任意に債務を履行しないことも考えられます。さらに、中国の裁判所に提訴したとしても、日本と中国の法制度の違い等から、敗訴してしまうことも多いようです。
実際上は、このような事例で外国企業と秘密保持契約等を締結する場合、契約書中で、第三国法を準拠法として、第三国における国際商事仲裁を受けるとする仲裁合意を行うことが多いようです。しかしながら、仲裁手続きは費用がかさむ傾向にもあるため、「契約をした以上、契約を順守させるための相応の努力をする」ことが日本企業に求められます。
実際のところ、外国企業と日本企業とでは、商習慣が異なっており、契約に対する姿勢も異なっています。このため、海外に進出する日本企業としては、単に法的に有効な秘密保持契約等を締結することのみに満足せず、当該秘密保持契約等の中に監査に関する条項を規定していく必要があります。このような取り組みを通じて、相手方当事者が秘密保持義務を十分に履行しているかを、現地に赴いて定期的に監査をしていく必要があります。
知的財産権による保護
上述したとおり、秘密情報の保護において、特別法による保護は、保護されるべき営業秘密の範囲が狭いという問題があります。一方で、契約による保護の場合は、第三者に対する権利行使の問題や、係争時における問題があります。
そして、それらのような不利益を一定程度補完することができるものとして、(登録)知的財産権による保護が挙げられます。
確かに、法律上の営業秘密が秘密状態で維持されていることを要件としている一方で、知的財産権を取得した場合、その内容は一定期間後に公開されてしまいます。このため、両者は両立しないようにも思われます。
しかしながら、例えば、金型図面や設計図、原材料の品番・型番、配合量・配合比、処理条件、品質管理基準に関する情報は、あくまで営業秘密として保持し、これらの営業秘密を利用した方法、製品、製法等を知的財産権(特許権等)として保護すれば、両社は当然両立可能なものとなります。このようにして知的財産権を取得することにより、法律上の営業秘密を不正取得した者から営業秘密を開示された第三者が、営業秘密を利用すること自体を差止めることはできなくても、当該営業秘密を使用して得られる製品の製造・販売を差止めることは可能となります。
また、知的財産権を取得さえしていれば、現地における訴訟手続きを有利に進めることも可能です。さらに、相手方当事者が知的財産権の存在を意識して、任意に製造・販売を中止し、債務を履行することを期待することも、一定程度可能です。
オープン・クローズ戦略による保護
以上のとおり、秘密漏えい防止のためには、特別法による保護、契約による保護、及び知的財産権による保護の3つの対策をとることができます。しかしながら、実際に秘密漏えいの被害にあった場合には、裁判所への提訴等の法的措置を講じる必要があり、損害の回復に相応の時間とコストを要するようです。
このため、日本企業が海外に事業展開するにあたって、秘密情報の対象外国市場への持ち込みを極力回避し、秘密漏えいの被害の発生を物理的に回避する方策、つまり、事業戦略上の「オープン・クローズ戦略」が第一に重要となります。
このような事業戦略上のオープン・クローズ戦略における対策としては、典型的なものとしては、以下のようなものが挙げられます。例えば、製品を製造するにあたっての技術的な要所となっている「コア部品」の製造を、国内の自社工場で実施して海外製造拠点に供給することが事業戦略上のオープン・クローズ戦略の一例です。
さらに、海外で製造する場合でも厳重に秘密管理された自社工場で製造したりすることにより、製造工程の重要工程をブラックボックス化する対策も好ましいとされています。
また、そのようなコア部品の製造を、秘密漏えいが発生した場合に対処のしやすい傾向にある、不正競争防止法による保護も含む知的財産権の保護の厚い国で実施する、という対策も一案として挙げられます。
加えて、海外の製造拠点で製品を製造する場合には、資本関係がない外国企業に製造を委託するのではなく、自社が影響力を行使しやすい現地企業に委託することも重要です。そのような、自社が影響力を行使しやすい現地企業の例は、少なくとも議決権のある発行済株式の過半数を保有していたり、役員の過半数が本社から派遣されていたりする等、実質的に支配関係にある外国企業や、完全子会社である現地法人です。このような現地企業に委託することにより、より秘密管理が容易になりえます。
日本法及び中国法の営業秘密における要件の違い
上述のとおり、日本国不正競争防止法において、営業秘密は、「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」と定義されています(第2条第6項)。つまり、秘密管理性、有用性、非公知性が要件となっています。
一方で、中国反不正当競争法において、営業秘密は「公衆に知られていない、商業的価値を有しかつ権利者が関連の秘密保守措置を取った技術情報及び経営情報等の商業情報」と定義され(第9条)ており、非公知性、価値性、秘密保持性が要件となっています。
中国における営業秘密の各要件のうち、少なくとも非公知性及び秘密保持性については、2017年の反不正当競争法改正以前から設けられている要件です。そして、これら営業秘密の各要件については、「最高人民法院による不正競争の民事案件の審理における法律適用の若干問題についての解釈」(2007年1月12日発布)に具体的な判断基準が記載されています。
これによれば、「非公知性」については、「関連する情報がその属する分野の関係者に周知の情報ではなく、容易に得られる情報でない場合」に認められるとされています。具体的に非公知性が認められない事例としては、(1)その情報がその属する技術分野/経済分野の一般常識であったり、業界の慣習であったりする場合、(2)その情報が商品の寸法、構造、材料、部品の単なる組み合わせ等の内容に関係するのみで、上市されたのちに接する大衆が商品の観察を通じて直接得ることができる場合、(3)その情報が既に刊行物、又はその他のメディアで公然と公開されている場合、(4)その情報が報告会において、又は展覧等の方法で公開されている場合、(5)その情報がその他の公開されたルートを通じて得ることができる場合、(6)その情報が代価を支払わずに容易に得ることができる場合等が挙げられています。
一方、日本国不正競争防止法における、非公知性の要件について、経済産業省の解説によれば「当該情報が合理的な努力の範囲内で入手可能な刊行物に記載されていない等、保有者の管理下以外では一般的に入手することができない状態」とされています。また、多くの裁判例でも、非公知性の要件として上記の要件を用いています。
そして、日本においても、インターネットや刊行物に記載されている等の場合には、非公知性が否定される点や、秘密保持義務がない者に知られていたとしても、実質的に秘密状態が維持されていれば非公知性が是認される点、さらには、外国語の刊行物に記載されていたとしても、当該外国語の刊行物から、対象地の関係者が情報を入手するのが困難である場合等には非公知性が是認される点等も考慮すれば、上述の中国における非公知性の要件は、日本における非公知性の要件と実質的な差異はないものと考えられます。
中国反不正当競争法における営業秘密の秘密保持性については、上記「最高人民法院による不正競争の民事案件の審理における法律適用の若干問題についての解釈」によれば、「権利者が情報の漏洩を防止するためにとる、その商業価値等の具体的な状況と適応する合理的な保護措置」をとっている場合を挙げています。
より詳細には、「情報メディアの特徴、権利者の秘密保護への要望、秘密保護措置が認識される度合い、第三者が正当な方法を通じて秘密情報を入手する際の難易度等の要素」に基づいて、権利者が機密保護措置をとっているかどうか認定しなければならないとされています。
実際のところ、「秘密保持性」が認められるための要件は、営業秘密の商業的価値に応じて異なるものと思われます。例えば、(1)秘密情報の範囲を限定し、これを知得する必要のある人員のみに対してその内容を告知する場合、(2)秘密情報を含むメディアを施錠下で保管する等の防犯措置をとる場合、(3)秘密情報を含むメディアにマル秘表示やConfidential表示を付す場合、(4)秘密情報をパスワード保護する/暗号化する場合、(5)秘密保持契約を締結する場合、(6)秘密を含む工場/生産現場/管理区域への立ち入りを制限する、又は立ち入る場合に秘密保持を要求する場合等において、通常の状況で秘密情報の漏えいが防止されるのであれば、上記の合理的な保護措置がとられている、と認定しなければならないものとされています。
一方、日本における秘密管理性の判断基準については、下級審の判例ですが、車両運行管理業務関連情報事件(東京地判平成12年12月7日判決、平11年(ワ)第19224号)において判示されたとおり、「①当該情報にアクセスした者に当該情報が営業秘密であることを認識できるようにしていることや、②当該情報にアクセスできる者が限定されていることが必要である」、とされています。
より具体的に本事例では、原告により営業秘密であるとされた情報に、マル秘表示、電子ファイルへの実質的なアクセス制限、書類の施錠管理等がなされておらず、他の社内文書と大差ない形で扱われていたため、原告の請求を棄却するものとされています。
このように、中国と日本との間では、営業秘密の要件、とりわけ秘密保持性と秘密管理性との条文上の要件の違いに起因して、中国において保護される営業秘密の範囲は、日本において保護されるべき営業秘密の範囲よりも狭いものとなっているようです。
営業秘密における中国反不正当競争法の秘密保持性の要件については、営業秘密として特別法による保護を求めていくのであれば、その営業秘密の価値に応じ、保護を求めるにふさわしい、秘密保持のための相応の努力をすることを権利者に求めるもののようです。一方で、日本国不正競争防止法の秘密管理性の要件は、情報を利用する側による権利侵害の予見性を保証する、という観点から、特別法による保護を受けられる情報と、特別法による保護を受けられない情報とを峻別しているものです。
前述のとおり、日本国不正競争防止法には国外犯処罰の規定もあるものの、捜査管轄の観点から、外国における営業秘密侵害行為について、十分に捜査を行って証拠を確保することに対して困難も伴います。このため、特に外国企業・外国人労働者の関係する秘密情報の管理にあたっては、当該外国の法律の規定も考慮した秘密管理を行うことも重要となります。
なお、中国反不正当競争法における営業秘密の要件のうち、「価値性」については、2017年改正前の法文に規定された、「実用性」と併せた解釈です。これについて、上記「最高人民法院による不正競争の民事案件の審理における法律適用の若干問題についての解釈」においては、「関連情報が現実的、潜在的な商業価値を有し、権利者の競争に優位をもたらす可能性がある場合が挙げられるもの」とされています。しかしながら、このレポートにおいては、価値性についての詳細な検討は割愛いたします。
まとめ
経済のグローバル化が進行し、日本企業の海外事業展開は今後も更に加速すると考えられます。一方で、中国企業を始めとしたアジア各国企業は、各国経済の発展とともに技術力を向上させている傾向にあります。同時に、科学技術の進歩による各種生産工程の自動化・機械化も進められていることから、第三者による高品質商品の模倣は、当該第三者の経済規模にかかわらず、今後、ますます容易となる傾向にあります。
長年、アジア地域で問題となっている模倣品被害については、中国に模倣品の生産拠点が集中していると指摘されています。とりわけ中国において営業秘密漏えい対策を実施することは、アジア市場全体における模倣品被害を抑止する上でも重要です。
海外事業展開や、外国人材の雇用等は、現在、日本企業にとっては大きな課題となっているものではあります。このため、海外事業展開にあたり、秘密漏えい防止のための十分な措置を講じていくことが必要です。
この記事を書いた人

渡辺浩司 (Koji Watanabe)
東京知的財産コンサルティング事務所(Tokyo IP Consulting)代表弁理士。東京大学理学部卒業、同大学院理学系研究科修士課程修了、同博士課程中退。2006年より弁理士。特定侵害訴訟代理業務付記。2級ファイナンシャル・プランニング技能士。2014年にドイツ連邦共和国 Eisenführ Speiser・大韓民国YOU ME特許法人インターン。複数の大手特許事務所・特許法律事務所に勤務。都内弁理士事務所所長代理。独立行政法人日本貿易振興機構イノベーション・知的財産部出向。外資系設計会社財務・法務担当(役員ポジション)等を経て東京知的財産コンサルティング事務所設立。現在、プログラマーとしても活動中。主要取扱言語は、Web系言語全般、ruby、PHP、Python等。
Reference
- 渡辺浩司, 「海外事業展開における秘密漏えい防止のための対策」, パテント Vol. 73, No. 1, p64-71, 日本弁理士会 (2020) [Link][JETRO’s Report]
- 営業秘密保護と技術流出防止のための対策, 経済産業省技術流出防止管理説明会, 2020年7月, オンライン [Link]
- International Monetary Fund, “GDP per capita, current prices, US dollars per capita”[Link]
- 「日本経済2012-2013 -厳しい調整の中で活路を求める日本企業-」、内閣府政策統括官(経済財政分析担当)、平成24年12月
- 経済産業省、「技術流出防止指針~意図せざる技術流出の防止のために~」(2003年)
- 経済産業省、「逐条解説不正競争防止法」(2018年)
- 日本貿易振興機構ホームページ、中国、法令・法規-司法解釈 [Link]
外部発表の事実について
- このレポートは、一般財団法人エレクトロニクス実装学会において、2017年6月に実施された最先端実装技術シンポジウムにおける発表内容の一部を含んでいます。また、このレポートは、一般財団法人エレクトロニクス実装学会において、2018年2月に実施された教育セミナーにおける発表内容の一部を含んでいます。
- このレポートは、2020年7月に実施された経済産業省技術流出防止管理説明会における公表の内容の一部を含んでいます。
Disclaimer & Disclosure
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- このレポートにおける企業の経営戦略の説明は、投資、会計、税務、法律等に関するなんらの助言を構成するものとも解釈されるべきではない点にご注意をお願いいたします。したがって、このレポートを読んだ投資家又は事業者が、投資又は事業活動により如何なる損失を被ったとしても、東京知的財産コンサルティング事務所 (Tokyo IP Consulting) は一切の法的責任を負うものではありません。個別の投資、会計、税務、法律等のご相談は、対象地域を管轄する投資、会計、税務、法律等の専門家の助言を受けていただきますようお願い致します。
- このレポートに記載されている意見や声明は、筆者の個人的かつ主観的な見解に基づくものであり、筆者の所属する組織の公式見解ではありません。さらに、企業の戦略を正確に評価するために最善を尽くしていますが、このレポートの完全な正確性を保証することはできません。加えて、このレポートに記載されている将来の予測が確実に実現することを保証するものでもありません。
