特許権が企業価値に与える影響と知財情報開示の重要性

この記事に書いてあること

  • 各会計年度末には、営業キャッシュフローとの対比で検討する限り、株価・時価総額は、特許権の件数が多いほど割安になる傾向がある
  • 翌会計年度第1四半期末には、特許権の保有件数の違いによる割安感の違いは消失してしまう
  • 保有特許権の件数が多い企業は、営業利益や営業キャッシュフローの成長率が高い傾向にあることが示唆される
  • 決算発表をつうじてこれが株価に織り込まれることにより、株価水準の上昇に寄与している一定程度の可能性が示唆される
  • エクイティ・ファイナンスにおいても、特許権の取得がプラスに寄与している可能性があることが示唆される

目次

  1. 企業価値の評価方法
  2. 年度内に有効に存続する特許権の件数と株価営業キャッシュフロー比率との相関関係
  3. 考察

1990年初頭の平成バブル崩壊以降の30年の間、日本経済は、失われた30年とも呼称される長期に及ぶ経済の停滞に陥っています。一方、米国市場に目を向けるとき、ビックテックとも呼ばれる巨大IT企業群は、多額の先行投資を実行して高い売上成長性を維持しています。米国企業は、売上に占める先行投資費用の額の割合が、日本企業と比較して高い傾向にあります。一方で、米国企業は、減価償却費等の計上により、企業内部には潤沢な現金を保持し続けることを可能としています。米国経済の持続的成長は、イノベーションによる経済成長を達成した最も卑近な事例です。日本政府も、この米国経済の持続的成長の例に倣って、日本経済の活性化を試みているものと考えられます。

このように、現在、日本経済活性化、という大きな目標のため、政府関係者等が知的財産・知的財産権の活用を呼びかけている状況にあります。しかし、実際、知財実務の現場において、知的財産権の取得が、企業経営に対してどのような効果をもたらすか、ということを合理的に説明している事例は多くありません。これに関して、特許庁と三菱UFJリサーチ&コンサルティングは、2019年に公表した報告書において、以下のような報告をしています。すなわち、この報告においては、特許権を保有/活用している中小企業、特許権を保有していない中小企業で、売上高営業利益率やROAを比較しています。その結果、特許権を保有/活用している中小企業では、売上高営業利益率や、ROAがより改善されていました。一方、上記報告書に開示されたデータによれば、特許権を保有/活用している中小企業では、特許権を保有していない中小企業に比較して、総資産回転率が低下しています。

このような傾向は、中小企業だけではなく上場企業においても見られます。例えば、B2C食品事業を展開する日経平均構成上場企業においては、年度内に有効に存続する特許権の件数が多いほど、売上高営業利益率が上昇し、総資産回転率が低下する傾向にあります。これは、特許権が独占権としての性質を有し、特許権の保護範囲に含まれる製品を上市することにより、競合事業者との価格競争を回避できる効果があるためです。また、特許権取得の前提として、技術開発等の製品開発をつうじた付加価値の付与が行われている点も重要です。そのような付加価値により製品価格が高めに設定されているため、売上高営業利益率が高まり得るとも考えられます。特許権の件数を、先行投資の多寡を判断する一つの指標と捉えれば、より多額の先行投資を重ねることにより、製品により高い競争力が付与されている、とも判断できます。

そこで、このレポートでは、上述の日経平均構成B2C食品企業のデータから、先行投資の成果としての知的財産権の取得が、企業価値にどのような影響を与えているかを統計的に検討しました。より具体的には、J-PlatPatから、年度内に有効に存続する特許権の件数を算出します。その上で、有価証券報告書に記載の営業活動によるキャッシュフロー及び株価から算出される各種指標を算出し、企業価値評価の基本概念に沿って分析しました。これらを対比することで、特許権取得が、企業価値に及ぼす効果を見積もることにしました。

企業価値の評価方法

一般に、企業価値PVは、インカムアプローチにより、その企業の事業が将来生み出すキャッシュフローCを積み上げた数値により評価されると考えられています。しかしながら、そのようなキャッシュフローは、あくまで、将来生み出されることが予測される数値です。このため、実際にそのような数値が生み出されない可能性も含めて、企業価値に織り込まれる必要があります。この、第n年において予測されるキャッシュフローCnが実際に生み出されないリスクをrとすると、企業価値PVは下記式により表されることとなります。

この式は、永久還元の定義式(Present Value of Perpetuity)と呼ばれます。PVは現在価値、Cnは、第n年に当該企業/事業にて生み出されるキャッシュフローを示します。また、rは第n年にそのようなキャッシュフローが生み出されないリスクを勘案したディスカウントレートです。この式を整理すれば、以下のようにまとめられます。

ここで、PVは、いわゆる時価総額に該当するものであり、株価と発行済株式総数の積として表されます。よって、PV/Cは、株価キャッシュフロー比率pCFR ( Stock Price Cash Flow Ratio )と観念されます。なお、Cを純利益や営業利益と仮定すると、PV/Cは、株価利益率となり、俗にいうPERと同じ数値となります。このため、この株価キャッシュフロー比率pCFRは、キャッシュフローと比較した場合の、株価又は時価総額の割高・割安感の指標とも評価できます。

よって、株価営業キャッシュフロー比率pCFRに着目し、この数値と年度内に有効に存続する特許権の件数との相関関係を調査することとしました。

年度内に有効に存続する特許権の件数と株価営業キャッシュフロー比率との相関関係

まず、上場食品企業において、日経平均構成食品企業のうち、BtoC事業が総売上の過半を占める企業を調査対象としました。そして、特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)を利用して、特定年度において有効に存続した特許権の件数を計数しました。また、有価証券報告書の記載から、当該年度における営業活動によるキャッシュフローを集計しました。最後に、期末及び翌年度第1四半期末時点の株価及び発行済株式総数の総額から、それぞれ時点での株価営業キャッシュフロー比率pCFRを求めました。なお、この計算では、特許権と事業の関連性に注目する観点から、フリーキャッシュフローではなく、営業活動によるキャッシュフローを、Cの指標として用いています。

Fig.1 年度内に有効に存続する特許権の件数と各年度末のpCFRとの関係

その結果、Fig. 1から明らかなように、会計年度末時点においては、年度内に有効に存続している特許権の絶対件数が多いほど、株価営業キャッシュフロー比率は低下する傾向が見られました。なお、この関係については、統計上の有意性が認められています (n=32、r=-0.39、p<0.03)。一方、これが、3ヶ月後の翌会計年度第1四半期末となると、Fig. 2に示すように、このような傾向は失われ、相関関係の有意性が失われたことが示されました (n=32、r=-0.32、p>0.07)。これをもう少し別の表現方法により説明すれば、各会計年度末には、営業キャッシュフローとの対比で検討する限り、株価・時価総額は、特許権の件数が多いほど割安になる傾向にあります。しかし、翌会計年度第1四半期末には、特許権の保有件数の違いによる割安感の違いは消失してしまう、ということです。

Fig.2 年度内に有効に存続する特許権の件数と翌年度第1四半期末のpCFRとの関係

これについて、筆者らは、特許権の保有件数が多いほど、総資産営業利益率が高まりやすいことに注目しました。例えば、特許権の件数が多いほど、営業キャッシュフローは増加しやすいため、会計年度末時点の営業キャッシュフローは株価に対して大きな数値となりやすい、とも推測されます。これにより、結果的に営業キャッシュフローに対する株価水準が割安なものとなる、とも推測されます。ここで、通常、各会計年度の期末決算発表は、翌会計年度の第1四半期中に行われます。この決算発表により、営業キャッシュフローの数字自体が公表されれば、これが株価に織り込まれることになります。このため、決算発表後の翌会計年度第1四半期末には、営業キャッシュフローと比較した株価の割安感は、失われることとなる、と説明できます。

Fig. 3 特許権の保有件数が多い企業、平均的な企業、少ない企業の営業利益率の成長率

よって、以上の推論に基づき、そもそも、保有特許権の件数が多いほど、営業キャッシュフローや営業利益率の成長率が高まる可能性について、追加的に検討しました。なお、営業キャッシュフローは一般に変動率が高いため、より平均化されている2012年以降の営業利益の成長率を、以下の企業A, 企業B, 及び企業Cの間で比較しました (Fig. 3)。企業Aは、保有有効特許権の件数が最も多く、企業Bは保有有効特許権の件数が平均的です。そして、企業Cは、保有有効特許権の件数が最も少ない企業です。その結果、企業Aは、企業Bや、企業Cに比べて、営業利益の成長率は大きくなりました。有意性検定の結果は、それぞれ、n=6で、A社vsB社でp<0.04でした。また、A社vsC社ではp< 0.03でした。

以上の結果から、保有特許権の件数が多い企業は、営業利益や営業キャッシュフローの成長率が高い傾向にあることが示唆されます。そして、その結果として、会計年度末の時点では、株価に対して営業キャッシュフローの総額が大きくなる傾向にあると推測されます。決算発表をつうじてこれが株価に織り込まれることにより、株価水準の上昇に寄与している一定程度の可能性が示唆されます。このような事実は、上場されていない中小企業やスタートアップ企業であっても、特許権の取得により、その事業価値や企業価値が増大しやすくなる可能性を示唆するものです。

考察

以上の結果より、先行投資を積極的に行い、数多くの特許権を保有している企業においては、営業キャッシュフローや営業利益の成長率がより高まる傾向にあることが示されました。そして、その結果として、これが、決算発表後の株価 (時価総額) の上昇につながり、企業価値や事業価値が増大している可能性が統計上の有意性をもって示唆されました。この事実は、特許権の取得が、上場企業の株価上昇に影響を与えていることを示唆します。また、非上場の中小企業においてでさえ、その企業価値を高めている可能性を示唆するものとも言えます。

特に、英国ビジネスバンクや、英国知的財産権庁の報告や、筆者らによる2021年の報告によれば、特許権の取得により、デット・ファイナンスに有効な影響が及んでいるようです。このデット・ファイナンスとは、金融機関からの融資に該当するものです。

では、時価発行増資や第三者割当増資等のエクイティ・ファイナンスについてはどうでしょうか?上述のとおり、特許権の取得により企業価値が高まっているのであるのであれば、エクイティ・ファイナンスにおいても、特許権の取得がプラスに寄与している可能性があることが示唆されます。

ここで、日本証券取引所は、2021年6月にコーポレート・ガバナンス・コードを改訂しました。この中で、上場企業が保有する知的財産権、及びその知財戦略に関する事項を、有価証券報告書に非財務データとして開示することが義務付けられました。このように、投資家が企業を評価する際に、知的財産権に関する情報がより重要な役割を果たすことになると推察されます。

また、先行投資や知的財産権の取得が、財務指標に与える影響について研究を行うことは、投資家と企業との間での、非財務データによる情報の非対称性の解消にも繋がり得ます。これが、株式市場の流動性の向上、無形固定資産である知的財産権の流動性の向上にも繋がっていきうるものとも考えらます。

現在、日本弁理士会は、日本公認会計士協会とも共同して、知財価値評価等に関する各種検討を進めています。今後、弁理士や各企業が、市場や出資者・利害関係者との対話を意識した特許出願戦略を立案することも望まれていくと予測されます。


この記事を書いた人

渡辺浩司 (Koji Watanabe)

Tokyo IP Consulting 代表弁理士。東京大学理学部卒業、同大学院理学系研究科修士課程修了、同博士課程中退。2006年より弁理士。特定侵害訴訟代理業務付記。2級ファイナンシャル・プランニング技能士。2014年にドイツ連邦共和国 Eisenführ Speiser・大韓民国YOU ME特許法人インターン。複数の大手特許事務所・特許法律事務所に勤務。都内弁理士事務所所長代理。独立行政法人日本貿易振興機構イノベーション・知的財産部出向。外資系設計会社財務・法務担当(役員ポジション)等を経てTokyo IP Consulting設立。


Reference

  1. 渡辺浩司, 「特許権が企業価値に与える影響と知財情報開示の重要性」, 月刊パテント, Vol. 76, No. 6, p. 120-126, 日本弁理士会 (2023) [Link][YouTube]
  2. 渡辺浩司, 武井 健浩 ,「プロセス・イノベーションが上場企業の経営指標に及ぼす影響」, 月刊パテント, Vol. 75, No. 5, p. 78-84, 日本弁理士会 (2021) [Link][YouTube]
  3. 日本経済再生本部、「未来投資戦略2018-『Society 5.0』『データ駆動型社会』への変革-」(2018) [Link]
  4. 特許庁,三菱UFJ リサーチ&コンサルティング株式会社,「平成30 年度中小企業等知財支援施策検討分析事業『中小企業の知的財産活動に関する基本調査』報告書」(2019)[Link]
  5. 渡辺浩司, 武井健浩, 「スタートアップの資金調達戦略と知的財産権の役割」, パテントVol 74, No. 1, p. 95-101, 日本弁理士会 (2021) [Link][YouTube]
  6. 知的財産権を利用した経営戦略のススメ, インド知的財産研究会, 2021年8月[Link][Trailer]

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