この記事に書いてあること
- 日経平均構成B2C食品企業では、保有特許権等の件数の増大にしたがって、売上高営業利益率が増大する傾向がみられる
- 総資産回転率については、保有特許権等の件数の増大にしたがって減少する傾向を示した
- ROAについては、保有特許権等の件数が増大するにしたがって上昇する傾向が見られた
- 生産技術に関連する特許権等の件数が増大しても総資産回転率は減少してなかった
- プロセス・イノベーションについては、プロダクト・イノベーションに比較して、総資産回転率の減少に及ぼす影響が限定的と示唆される
- 各企業においてはプロダクト・イノベーションとプロセス・イノベーションをバランスよく実施し、総資産回転率の低下を回避しながら、売上高営業利益率を増大させる取り組みが重要だろうと推察される
目次
日本政府は、イノベーションを促進することにより、日本経済全体の生産性の改善を目指す成長戦略を掲げています。では、この「イノベーション」とは一体どのようなものでしょうか?
まず、有名な経済学者であるヨーゼフ・アロイス・シュンペーターの分類によれば、イノベーションは以下の5つの形態からなるとされています。(1) プロダクトイノベーション、(2) プロセスイノベーション、(3) マーケットイノベーション、(4) サプライチェーンイノベーション、(5) 組織イノベーション。そして、これらのうち、少なくとも、プロダクトイノベーションとプロセスイノベーションについては、知財戦略に大きく関係すると考えられます。
例えば、電気自動車 (EV)で有名なイノベーティブ企業、Teslaに着目してみましょう。まず、Teslaは電気自動車という高い付加価値の付与された製品を製造・販売しています。その過程で、自動車関連のシステムや自動車部品など「物の発明」について特許権を取得しているようです。これにより、競合他社との関係で高い付加価値を維持しています。これが、プロダクトイノベーションと呼ばれるものです。一方、Teslaはコスト削減に積極的であることでも有名です。Teslaのコスト削減の一例は、規模の経済を考慮した大規模工場の建設です。また、一般にコストの高いバッテリーの改良・内製化などもコスト削減の一例です。さらに、製造方法・製造装置についても特許出願などを行い、製造プロセスの観点からも競合他社に対する優位性を高めているようです。これがプロセスイノベーションと呼ばれるものです。

つまり、技術開発に加え、その知的財産権の取得・活用がいかにイノベーションの促進とその後の企業の生産性向上に寄与するかを検証することは、企業の知的財産戦略策定にとって重要と考えられます。そして、プロダクトイノベーションとプロセスイノベーションは、知的財産戦略において採用されるイノベーションの典型例でもあるのです。
特許取得と合理化技術の重要性
ところで、近年の有価証券報告書によると、全般的傾向として、Teslaでは粗利益率や営業利益率が増大し、売上高やEBITDA(利息支払い前税引き前減価償却前利益)が増加しています。結果として、事業利回りの上昇がもたらされていると推察されます。このような現象の会計上の説明は、以下のようなものです。売上高営業利益率(Operating Margin)、総資産回転率(Turnover)がそれぞれ増大し、総資産営業利益率(ROA:Return on Asset)が上昇することにより利回りが上昇する。
ここで、特許庁と三菱UFJリサーチ&コンサルティングは、中小企業を対象とした以下のような調査報告をしています。対象とした中小企業は、(1)特許権を保有している中小企業、(2)特許権を保有・活用している中小企業、(3)特許権を保有していない中小企業です。この調査報告では、(1)と(2)は(3)と比して、売上高営業利益率やROAが高くなることを報告しています。一方、上記調査報告書に開示されたデータから計算する限り、(1)と(2)では、(3)に比して、総資産回転率が低下していることが示唆されています。
一般に、次に示す以下の式に表されるように、ROA一定の下では売上高営業利益率と総資産回転率はトレードオフの関係になります。

ここで、売上高営業利益率と総資産回転率がトレードオフに立つ理由の一つは、売上高が上がる際に製品価格が上がることがあるためと考えられます。
このため、価格上昇をもたらすことなく利幅を増やすことが重要となりえます。そうすることができれば、取引量の減少とその結果として生じる総資産回転率の低下を回避できる可能性があります。結果的に、ROAをより上昇させることができる可能性もあります。
そして、利幅を増大させて売上高営業利益率を増大させるためには、大きく分けて2つの方法があります。一つは、付加価値を付与して製品価格を増大させる方法です。もう一つは、コストカットして製造原価を低下させる方法が想定されます。先に説明したプロダクトイノベーションは、前者の付加価値付与の側面によるものが主になると考えられます。一方、プロセスイノベーションは、コストカットの側面によるものが主であると考えられます。
そこで、日経平均を構成する一般消費者向け食品企業を対象に、特許権等が経営指標に及ぼした影響を考察してみます。対象とした食品業では、多角経営の傾向が低く、公表された有価証券報告書などから市場特性を把握しやすくなっています。保有する特許権の動向と、各種経営指標との間での相関分析を行うことにより検討することにします。
上場食品企業の特許権等件数と経営指標に相関関係
まず、上場食品企業の特許権等と経営指標との関係を評価するため、日経平均構成食品企業のうちBtoC事業が総売り上げの過半を占める企業8社を抽出しました。特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)を利用して、特定年度に有効に存続した特許権等の件数を計数しました。他方で、有価証券報告書の記載から当該年度における売上高営業利益率、総資産回転率、ROAを連結ベースで算出しました。この両者から、特許権等の件数と上記各経営指標との間の相関を求めました。

その結果、これら企業では保有特許権等の件数の増大にしたがって、売上高営業利益率が増大する傾向がみられました。一方で、総資産回転率については、保有特許権等の件数の増大にしたがって減少する傾向を示しました。さらに、ROAについては、保有特許権等の件数が増大するにしたがって上昇する傾向が見られました。


この理由について、特許権等の取得に当たっては、多くの場合、先行投資が行われていると考えられます。この結果、新たな価値が生み出され、その価値に対する対価が製品価格に上乗せされている可能性があります。また、特許権等は独占権としての性質を有しています。そのことにより保護されている製品の価格を高めに設定できるため、売上高営業利益率が増大しやすい傾向が生じると考えられます。一方で、製品価格上昇により取引量は減少する傾向も生みます。そのため、総資産回転率が低下しやすい傾向となると推察されます。
しかし、売上高営業利益率と総資産回転率を積算して求められるROAについては、保有特許権等の件数が増大するほど有意に上昇する傾向を示していました。つまり、少なくとも日経平均構成食品企業においては保有特許権等の件数が増大するほど、事業利回りが改善していた、ということです。
プロセス・イノベーションと総資産回転率との関係性
次に、プロセスイノベーションが上場食品企業の経営指標に及ぼした影響を検討します。まず、工場プロセスによる加工を経にくい、畜産品の販売が主となる日本ハムを除きました。食品企業7社が保有する生産技術関連の特許権等の件数を算出し、売上高営業利益率、総資産回転率との相関を求めました。

その結果、生産技術に関連する特許権等の件数が増大した場合、売上高営業利益率は増大する傾向がみられました。一方、生産技術に関連する特許権等の件数が増大しても、総資産回転率は減少していませんでした。

一般に、プロセス・イノベーションにより生産技術に改良を加えた場合、生産効率が改善して、全体的に製造コストの削減を図ることができると考えられます。このため、製造原価が低減し、粗利益率や営業利益率は一定程度改善します。一方、プロセス・イノベーション自体は、通常、製品に付加価値を付与するものではありません。そのため、価格上昇を通じた粗利益率や営業利益率の増加には寄与しにくい傾向にあります。よって、付加価値を付与して価格上昇に寄与するプロダクト・イノベーションと比較して、均衡点における取引量は減少しにくいと考えられます。このため、特許権等の総件数に占める生産技術に関連する特許権等の割合が高い方が、総資産回転率が低下しにくくなるのだと推察されます。
バランスの取れたイノベーションへの投資の重要性
これらの結果から、特許権等は、付加価値を生み出すとともに、独占排他権としての特性から価格競争を回避でき、売上高営業利益率を増大させやすいことが推察されました。これにより、事業全体の収益性を増大させて、ROAを上昇させやすいと推察されます。
しかし、価格競争を回避した結果として製品価格が上昇した場合、取引量が低減することから総資産回転率が低下しやすい、とも考えられます。他方で、企業がプロセス・イノベーションを導入し、生産技術に関連する特許権等を取得していった場合、製品価格上昇を抑え、コスト削減による利益確保が可能になります。そのことから、取引量や総資産回転率の低下を抑えつつ売上高営業利益率を増大できるものと推察されます。
製造方法の発明など、工場内での発明に関する特許権については、権利行使におけるハードルが高いと指摘されます。しかし、多くの企業は製造方法の発明に関する特許権であっても、他社の特許権侵害を回避しようとします。よって、生産技術に関連する特許権を取得して合理化技術を独占することも、他社との競争において意義があると考えられます。
そして、プロセス・イノベーション自体は、通常、価格上昇をもたらしません。さらに、コスト削減が実現した結果、製品価格の値下げに踏み切る場合もあると考えられます。その場合には、売上高営業利益率がより圧縮される可能性があります。このため、プロセス・イノベーションについては、プロダクト・イノベーションに比較して、売上高営業利益率の増大に及ぼす影響が限定的と示唆されます。よって、各企業においてはプロダクト・イノベーションとプロセス・イノベーションをバランスよく実施し、総資産回転率の低下を回避しながら、売上高営業利益率を増大させる取り組みが重要だろうと推測されます。
この記事を書いた人

渡辺浩司 (Koji Watanabe)
Tokyo IP Consulting 代表弁理士。東京大学理学部卒業、同大学院理学系研究科修士課程修了、同博士課程中退。2006年より弁理士。特定侵害訴訟代理業務付記。2級ファイナンシャル・プランニング技能士。2014年にドイツ連邦共和国 Eisenführ Speiser・大韓民国YOU ME特許法人インターン。複数の大手特許事務所・特許法律事務所に勤務。都内弁理士事務所所長代理。独立行政法人日本貿易振興機構イノベーション・知的財産部出向。外資系設計会社財務・法務担当(役員ポジション)等を経てTokyo IP Consulting設立。
Reference
- 渡辺浩司, 武井 健浩 ,「プロセス・イノベーションが上場企業の経営指標に及ぼす影響」, 月刊パテント, Vol. 75, No. 5, p. 78-84, 日本弁理士会 (2021) [Link][YouTube]
- 日本経済再生本部、「未来投資戦略2018-『Society 5.0』『データ駆動型社会』への変革-」(2018) [Link]
- Tesla, Inc.の2020年度Annual Report [Link]
- 特許庁,三菱UFJ リサーチ&コンサルティング株式会社,「平成30 年度中小企業等知財支援施策検討分析事業『中小企業の知的財産活動に関する基本調査』報告書」(2019)[Link]
- 知的財産権を利用した経営戦略のススメ, インド知的財産研究会, 2021年8月[Link][Trailer]
- 産業構造審議会第20回知的財産分科会資料, 「イノベーション創出のための特許庁の取組」, 2025年3月5日[Link]
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